アンコール遺跡群を尋ねて

作成日2005-3-10
森谷仁朗


              撮影:森谷美鈴
                           

かつて我国が支配した東南アジア諸国へ物見遊山気分で出掛けることに、これまで内心抵抗を感じていました。
東京五輪の総合司会者を務めた元NHKアナウンサー野村泰治氏の、「戦友が日本民族へのご奉公と信じ、南の空に散ったことを思うと、海外にはとても行けない」という述懐も、時折思い出していました。
しかし、今回これは、ウェーバーの「ヒンドゥー教と仏教」の実地勉強には打ってつけと想像されたので「アンコール遺跡群を極める6日間の旅」に参加致しました。確かに、当遺跡群の偉容は目を見張るばかりでしたが、私の関心はウェーバーの宗教社会学にあったので、「正統と異端の関係にあるヒンドゥー教と仏教が、同じアンコール寺院内で双方が異教でありながら、なぜ交代を繰り返したのか。」それを解くことに焦点を絞りました。
所で、アンコール・ワットは都城の寺院という意味で、12世紀はじめに「ヒンドゥー教」の寺院として建立され、のち「上座部仏教」に改められた、という程度の知識は持ち合わせていました。そして日本の社会での、本地垂迹説や逆の神仏分離による廃仏毀釈、家庭内での神棚と仏壇の同居も承知していましたが、公に「一つの神社が寺院に変身」したり、その逆になったケースは、これまで一度も聞いた覚えがありませんでした。 歴史的変遷の結果、日本では仏教と神道は並存するに至り、カンボジアでは、ヒンドゥー教国から仏教国に統一されたと言われています。前者はインド産の仏教を中国を通して融通無碍に受容し、後者は同じくインド産で近親のヒンドゥー教と仏教のどちらを選ぶかで争った結果だと思われます。
このことが認められると、ヒンドゥー教と仏教の関係は、正統と異端と言っても、土壌は共通なインド産なので、日本産の神道との違いとは比較にならないのではないか。つまりインド産同士だから、王朝の交代で仏像を大量に破壊することはあっても、寺院自体は大切にして、同じ建物内で「改宗」を演じたことが考えられます。更に言えば、インドではヒンドゥー教と仏教毎に寺院があるのに、カンボジアでは宗教の出所が同じインドであれば、一つの寺院で二宗教の交代・改革を行ってもかまわないとする風土が予想されます。紆余曲折を経て、前述の通り日本は「並存」、カンボジアは「統一」の宗教的特色が生じています。
そこで、現地のガイド・ティーさんに二宗教の関係について尋ねた所、「ヒンドゥー教と仏教は、仲が悪いとは言えません。」との話でした。その応答に力を得て思い出したのが、ヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教、シーク教は、全て覚者の宗教という点で共通性があるので、一括して「インド宗教」と呼ばれるという知見です。
カーストのヒンドゥー教と平等の仏教とは正統と異端であっても、インド生まれの近親と見るから、同じ寺院内で王朝交代による宗教改革がひき起されたのでしょう。他方、日本では神道と仏教は、生まれも育ちも違うので、神社と仏閣は別々の建物で習合や分離を繰り返して来たことが考えられます。
そうした次第で、宗教毎の寺院での祭事・国教と信教の自由・そしてインド宗教、中でもヒンドゥー教と仏教の伝播方法の違い等に関して、考えさせられました。正統と異端も身分と平等という点に着目すれば「対立」だが、輪廻を苦と観て解脱をはかる点に注目すれは、「共通」していることになります。現地のガイドさんの先の「仲が悪いとは言えない。」との説明で、多面的な見方の必要を再認識しました。要はウェーバーの「難しさ」は、ヒンドゥー教と仏教の違いを詳説しながら、言わんとする主意は、インド宗教共通の目的である世俗外の瞑想と解脱の倫理が、現実の経済を停滞させた一因との指摘にあると思われます。
以上がアンコール遺跡群に接して得た私なりの実感です。
仏教が本国インドで早々に消えたのは、イスラム教の攻撃が直接的なのだろうが、基本的には異端であった為なのか、更にもし異端として仏教が永らえていれば、ヒンドゥー教徒であったガンジーやネールと、どうインド自身やカンボジア等東南アジア諸国の変革について向き合えたか、その可能性について考えざるを得ません。その思いは単なる仮定の話でなく、ヒンドゥー教から上座部<仏教>に改宗した国カンボジアと、<ヒンドゥー教>の国インドとの関係を、現在の時点で宗教社会学的にどう解釈できるか、という課題へ発展するのではないでしょうか。         

                                                                 
                                                                                    


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