オーフス条約に加盟しよう
                  自然環境を護れる法律を!

                                   平成24年7月24日
                                環境カウンセラー
                                オーフス・ネット運営委 奥野眞敏

 

 こんにち、日本の自然環境は、公共事業(道路建設、ダム事業、河川改修等)による環境破壊からはじまって、生物多様性にまで及ぶ広範な劣化が目立ちます。この事態は皆様も良くご存知の通りですが、これに相当の歯止めをかけるには、自然環境を実効的に護れる法律が必要です。
 日本における環境関連法は、環境基本法をはじめ実定法であっても理念法に近いものであったり、環境影響評価法のように手続法の域に留まっていたりで、実効力の高い建設関連法の前ではまだまだ無力に等しい状態です。
 つまり、道路建設やダムを建設する方が、自然環境の保全・保護よりも、法のバックアップが強力だということです。このため、自然環境はなかなか護ることが出来ないのです。
 自然環境を護りたいとする住民運動側(原告)の原告適格は、極端に制限されています。環境保全の訴訟提起をし、仮に原告適格が認められても、事業の「差し止め」は殆ど認められないため、事業(工事)は計画通り進行していきます。 
 また、事業主側には、「土地収用法」を活用する強硬手段もあり、公共事業(開発事業という「公共の福祉」)は、ほぼ原案のまま敢行される確率が高く、原告が勝訴する例は、非常に稀です。
 自然環境を護りたいという地域住民の願いや心情は殆ど報われることがありません。これがこの国の実情です。
 このような実態を克服できる国際条約があります。欧州を中心に広がっているオーフス条約です。1998年6月25日、デンマークのオーフス市における「汎欧州環境会議閣僚会議」において採択されたことが、この名前の由来となっています。
 それ以前の1992年、リオデジャネイロにおいて開催された「地球サミット」において、「環境と開発に関するリオ宣言」が採択されました(日本も採択国)。この宣言の第10原則において、「環境問題は、関心のあるすべての人々が参画することによって、もっとも適切に扱われる」との文言があります。この第10原則を国連欧州経済委員会が事務局となり、条約として纏めたものが「オーフス条約」です。
 この条約は、「環境問題に関する@情報へのアクセス権、A意思決定における公衆参画(関心のあるすべての人々が計画作成に参画できる=公衆参画≒市民参加)、B司法へのアクセス権」の3本柱の条約です。三位一体の条約であり、環境保全に関心のある人々は誰でも、権利行使できます。すなわち、ある事業なり、状況が環境に悪影響があると疑念を持った人は、それに関する情報を細部にわたり公的機関に請求できるのです。その上で当該事業なり、状況改善の計画にも参画でき、さらに情報公開が不十分であったり、参画による合意事項などが計画に反映されていなかったりした場合は、司法に訴えることができるというものです。
 日本にも情報公開法(全部公開でない場合が多い)、市民参加(パブリックコメント=パブコメ、公聴会等)、行政訴訟法(原告適格の制限)などが個別にありますが、それぞれにおいて抜け道があり、充分に実効性があるとはいえません。
 「関心のある人々とは」について確認しますと、それは「個人、団体、法人、そして、居所」の一切を問わない「パブリック=公衆」と称される人々のことです。例えば、東京在住の個人であっても、九州のダム事業の自然環境に問題ありとして、クレームの申し立てをすることが可能となります。要は、原告適格をもてるということです。
 この条約は、2001年10月30日、16ヶ国が批准した時点で発効し、2012年5月現在45ヶ国とEU が批准しています。条約を批准した国は、自国法を条約に沿って改正しなければなりませんが、加盟国の殆どは、その改正を完了しています。この意味するところは、環境保護・保全について、45ヶ国とEUは同質の法制度を共有し、地域の環境を効率よく護れるよう法制化されているところにあります。環境に関心のある人は、誰でも意思決定である計画作りに直接関与できるとしたことで、第10原則の真髄が生かされた条約となっています。
 環境に相当の影響を及ぼすであろう事業計画は、場合によっては事業そのものが没(ゼロ回答)とされることもありえます。住民や関心のある人々の同意なくして、事業を推進することはありえないということです。
 一方、日本においては、特に建設関連法は公共事業を推進する「公共の福祉」という枠組みの中にあって、環境面よりも事業そのものが優先される傾向にあります。上に述べた通り、日本での原告適格は、オーフス加盟国とは比較にならないほど限定されています。
 例え、原告適格が認められても、日本では、環境権が憲法上、確立されていないため、環境権を盾に闘うことはできません。訴訟提起しても、「財産権侵害や生命身体の危険」といった個々人の権利侵害を認めてもらわなければ、闘えないということです。ここに、開発事業が優先される流れが生じます。
 日本の現行法制度下で自然環境を護るのは、容易ではありません。オーフス条約では住民の計画への直接参画があり、そこに齟齬があった場合、それを是正せしめる訴訟提起が可能です。 
 日本においてオーフス条約が導入されれば、団体訴訟も可能となり、計画への参画と相俟って、環境保全を希求する住民側の主張は、現行法制度下よりも強化され、建設関連法と互角の立場となりえます。ここに、民主主義本来の「正反合」の論議が生まれ、現状に合致した最善の計画がつくれると期待されるのです。
 しかし、オーフス条約への加盟は、訴訟の増加と公共事業の不安定化を恐れる日本政府、霞ヶ関、法層界からの頑強な抵抗に遭うことが予想されます。それでも、これを乗り越えなければ、日本の自然環境の劣化を止めることは難しいでしょう。
 最近の判決からも、自然環境の保全は、「公共の福祉」に劣後することを思い知らされました。平成24年7月19日、「首都圏中央連絡自動車道(圏央道)訴訟、高尾山トンネル工事などの事業認定取り消しなど」を求めた訴訟の控訴審判決において、東京高裁は原告の訴えを退けました。高裁は、トンネル工事による環境被害、地下水位の低下や圏央道の費用便益分析のずさんさを認めながらも、国の裁量権を優先させたのです。このようにして、自然環境は破壊と損傷を受け劣化していくのです。しかも工事は、判決を待たずにほぼ完工しています。
 オーフス条約の下であれば、計画段階での住民と国側との平等な立場から「見直し」が実施され、このような訴訟はなかったものと推測されます。
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